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探査機「はやぶさ」の地球帰還に感動の涙! [生き方]

2010年6月16日(水)

日本の探査機「はやぶさ」は、2003年5月9日に地球を出発し、
2010年6月13日に7年の歳月を費やして地球上空に帰還した。
その間、3年間も宇宙をさまよい、予定から3年遅れの帰還である。
小惑星「イトカワ」探査機「はやぶさ」はまさに満身創痍の
苦難を乗り越えての帰還であった。

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「はやぶさ」は、探査機ではあるが、まるで意思を持った生き物のような
実感を僕らに与えてくれるのは、
この苦難を乗り越えての出来事がそう思わせるのだと思う。
しかも、カプセルを地球に届け、自らは、生まれた地球を目の前にして
燃え尽きたのである。立派にその使命を果たしたのだ。
たとえ、カプセルにイトカワの岩石が含まれてなくても、
「はやぶさ」は、十分にその使命のために尽くしたのであり、
NASAの科学者トミー・トンプソン氏が語るように
「それは『アイス・オン・ザ・ケーキ(icing on the cake=あったら良いけど、
なくても構わない)』に過ぎないのです。
なぜなら、今回のミッションを通じて、
既に我々は非常に多くのことを知り得たからです。」

もちろん、はやぶさを支え、行方不明になってもあきらめずにがんばり通した
人々、宇宙航空研究開発機構のみなさんの賜物である。
それが「はやぶさ」を通じて、人類がなし得なかった偉業を達成したのであり
そのことが、僕らに大きな感動を与えてくれたのであると思う。
「満身創痍の絶望的な中での使命を果たしての奇跡的な帰還」が
感動を呼んだのだと思う。

まさに人の魂を揺り動かす出来事なのだ。
そして、人はみな自分の人生もそうありたいと願っているのではないだろうか?
V・E・フランクルがいうように『苦難と死は、人生を無意味なものにはしません。
そもそも、苦難と死こそが人生を意味あるものにするのです。』(「それでも人生にイエスと言う」より)
「はやぶさ」は、この「苦難と死」を僕らの目の前で示してくれたのだと思う。

感動 はやぶさ探査機 帰還の瞬間  そのとき・・



探査機「はやぶさ」の軌跡 舞-HaYABUSA ~Falcon of phoenix ~前編

探査機「はやぶさ」の軌跡 舞-HaYABUSA ~Falcon of phoenix ~後篇

 


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妹が先に逝ってしまった! [絆]

2010年5月7日(金)

今日、大阪で妹の告別式が行われた。

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妹は、肺がんで5月5日午前6時34分に永眠についた。
妹との兄妹愛は、離れていても一度も揺らいだことがなかった。
僕と同じ頃病気が発見され、僕は初期で、妹は末期の肺がんだった。
三人兄妹の長女である。
長い旅路を終え、安らぎとまどろみの世界に眠る妹の姿に涙する。

さらに悲しいことに、妹の死は、母親に告げることが出来ない。
母が妹の死を知ったら、母も生きてはいけなくなるのは、目に見えているからだ。
これは、僕と下の妹の老いた母への心使いなのだ。
それでも母は、何かを感じ不安な状態になり、
下の妹は家を空けることが出来なかったので、
姉の葬儀に参列できなかった。
それで、僕は告別式の様子を、妹に携帯で逐一報告した。
葬儀に参加できなくて、つらい立場にある妹へのせめてもの心使いである。

人生とか、人の絆ということについて、強く考えさせられた。
死しても、なお僕らの兄妹愛は、強く損なわれることはない。
妹が僕らに残していった降り積もる思い出が、涙とともによみがえってくる。

6月には、妹の遺骨を故郷に運ぶことになっている。
妹が望んだように、生まれ故郷の我が家に帰るのだ。
我が家で妹の遺族とともに四十九日の法要をすることにしたのだ。

 


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 [絆]

2010年4月24日(土)

今日は、息子の妻のお父さん葬儀夫婦で出かけた。
3月には、僕の妻の妹の夫の葬儀があり、なにか次々と
身近な人が永久の別れをしていくようで、さびしい気持ちになる。

僕の妹を21日に見舞いに行ってきたけど、話の出来る状態ではなかった。
余命いくばくもない予感に悲しみをこらえて帰宅した。
妹も肺がんで、もう治療さえ出来ない状態なのだ。

23日には、京大病院で、自分の肺がん手術後の検診に行った。
担当の先生から「まったく問題ない!」といわれたが、
妹のことが脳裏にあり、なにか素直に喜べない。

妹といえば、いつも思い出すことがひとつある。
幼い頃の出来事である。
僕が小学校3年生の頃だったが、6キロほど離れた隣町のお祭りに
母からもらった小遣いを握り締め、妹を連れて二人で歩いて出かけた。
いくつもの峠を越えて、人家もない田舎道を二人はしゃいで歩いた。
町に着くと妹は大喜びで、僕もうれしかったが、
妹はいろんなものを欲しがり、結局、自分の小遣いは使い果たし、
なお、欲しがるので、僕の小遣いを妹のために使い果たしてしまった。
夕闇迫る山道を風船を手にした妹を連れて帰る。
最後の峠を上り詰めたところに、長い暗いトンネルがある。
ところが妹は、怖いといって、トンネルに入ろうとしない。
一緒にいるから大丈夫だというのに、絶対に動こうとしない。
人気さえない山道は、もう暗くなりつつあった。困り果てた僕が
背負ってやるからというとやっと妹は納得し、僕の背中に乗った。
トンネルを出て、少し下ると、谷をこえた向こうに我が家が見える。
谷間の家々には、すでに灯りがついていた。
が、妹は、僕の背中から降りようとしない。
坂道を下り、今度は息を切らして坂道を登り、丘の上の我が家まで来ると
妹は、僕の背中から降りて、走って家に入っていった。
まるで、自分で全部歩いて帰って来たかのように。
だけど、憎めない妹だった。

その頃は、まだ人生は、始まろうとしていたのであるが、
今僕らは、人生の最後に
差し掛かっているのだ。
長くて、短い人生を振り返ると、万感の思いがよみがえってくる。

昨年5月、まだ動けるうちに故郷が見たいという妹を故郷に連れて帰った。
母親にも合わせた。
母親は、僕らが小さいときから、繰り返し僕らにいっていた事がある。
それは「親より先に死ぬのが最大の親不孝だ。親不孝をしないように!」である。
だから、妹のことは母親には言えないのだ。
母親は、今年で92歳。
ほとんどベットに寝たきりだけど、
トイレは自分でするし、食事の介護は要らないのだ。
おまけに、ぼけてはいないし、耳が遠いだけである。

故郷に帰ったついでに、例のトンネルのある峠に二人で出かけた。
今もそのトンネルは、ある。
当時と違うのは舗装されていることだけだ。
彼女の記憶は、ぼんやりしているようだけど、僕には鮮明に残っている。
トンネルを出たところで、車を止めて、妹に散歩をさせた。
緑が目にしみると妹は、うれしそうに僕に話しかけた。
妹の笑顔が、僕には、痛々しいのだ!

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僕らは、親の意に反して、それぞれ別々だったけど故郷を出た。
そして今、妹は、自分の命の行く末を知り、故郷と母親の見納めをしているのだ。
あの古い歌「人生の並木道」が自分たちの歌のように思えていたが
今でも、その歌を聴くと涙がこみ上げてくるのだ。

 


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魂に響く音楽 [音楽]

2010年4月9日(金)

久しぶりにYou Tubeの音楽をサーフィンしていたら
僕の心を駆り立てて止まない曲に出会った。

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日ごろ僕が思うには、音楽と魂は直結しているのではないかと感じている。
なので、その時々の魂の色、魂の有り様によって、
同じ音楽でも魂を揺るがしたり、ただ通り過ぎて行ったりするのだと思うのだ。
逆に、自分の魂の有り様は、どのような曲や歌が魂を揺り起こすかを知れば
その有り様を自分で知ることが出来ると思う。
同じ音楽であっても、それに魂を奪われる人もいれば、何も感じない人もいる。
それは魂の有り様が異なるからだと思う。
僕の心を駆り立てた曲で、同じように心を駆り立てられた人がいたら
その人は、僕と同類の魂を持ち合わせているのだといえる。
もし、そのような人がいたら、是非お友達になりたいと思うのである。

で、その曲は「カルーソー(Curuso)」です。
それも、ララ・ファビアンのカルーソーであって、
ルチアーノ・パヴァロッティのカルーソーでは、ありません。
両方、掲載しましたので、聴き比べも出来ます。

「カルーソー」は、イタリア・ポピュラー音楽界の重鎮のルチオ・ダッラが、
有名なオペラ歌手、ルチアーノ・パヴァロッティのために1986年に作詞、作曲した曲です。
トリノ五輪のフィギュア・エキシビションでも、パヴァロッティのバージョンが使われていました。
ララ・ファビアンのカルーソーは、Haunting Knockout Versionということですが、
文字通りHaunting Knockoutされました。


Pavarotti "caruso" live in Paris

Haunting Knockout Version of - "Caruso" by Lara Fabian


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映画『アンを探して』がグランプリ(最優秀作品賞)と最優秀監督賞の2冠を受賞! [絆]

2009年12月16日 

『アンを探して』
第五回アジアンフェスティバル・オブ・ファーストフィルムにて
グランプリ(最優秀作品賞)と最優秀監督賞の2冠を受賞!


映画『アンを探して』(配給:シネカノン/グランジュテ)がシンガポールで催された
第5回アジアンフェスティバル・オブ・ファーストフィルムにて、映画祭グランプリ
である最優秀作品賞と最優秀監督賞の2冠を獲得しました。
世界25カ国から700作品に及ぶエントリーがあり、
日本から『アンを探して』(宮平貴子監督)が選出され、
この度の日本人初の受賞となりました。
審査員は「心に響く映画」と絶賛!

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応援してる僕らとしては、本当にうれしいニュースです。
上映の方でも多くの人に干渉していただきたいと思います。

 


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映画「アンを探して」が最優秀監督賞、最優秀作品賞候補に [絆]

2009年12月4日

映画「アンを探して」のプロディーサーのユリさんから
映画「アンを探して」が最優秀監督賞、最優秀作品賞候補にノミネートされました!
とメールがありました。

シンガポールで開催される映画祭「第5回アジアンフェスティバル・オブ・ファーストフィルム」で
2部門にノミネートされました。
今年で5回目を迎えるこの映画際は、初監督、初脚本などこれからの映画界を背負う
新人発掘の場としてスタートした意欲的な映画際です。
今年は全世界から700ものエントリーがあり、最優秀監督賞候補には6本、
最優秀作品賞候補には7本が選ばれ、
「アンを探して」はその両方にノミネートされたのです。
なんと日本からのノミネーションは今回が初めてだそうです。
宮平監督は1日にシンガポールに出発しました。
3日に上映があり、4日にはチャップリンも宿泊したあの有名な「ラッフルズホテル」で
授賞式及びレセプションが行われます。

とのことで、応援しているものとしては、大変嬉しいニュースです。
あとは、日本での上映が大成功するといいなあと思っています。


☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺
映画情報
http://www.grandjete.jp/lookingforanne/


前売り券(特別鑑賞券)は当店(カフェ&ギャラリー Kaze)でも販売していますので、是非ご活用を!
一般:1300円(当日1800円)  シニア:900円(当日1000円)
券には、ペアでプリンス・エドワード島への旅行が当たる抽選券が付いています。
京都・高槻での上映は、12月19日からです。詳しくは、このページの
上映劇場情報をご覧ください。

杏里(穂のか)が祖母(吉行和子)の初恋の人を訪ねてプリンスエドワード島へ一人旅、
そしてマリ(ロザンナ)やジェフ(ダニエル・ピロン)との出会いを経て大人へと成長する物語です。
誰の心にも響く優しさ溢れた物語で、著名人からも素敵なコメントをいただいています。
是非ご鑑賞ください。

コメント(あいうえお順)

黒柳徹子さん(女優
「こんな結末が待っていたなんて!ロマンチックってこういう事をいうのかしら!
息がちょっと止まりました。」
 
檀ふみさん(女優、作家)
「『アンをめぐる人々』の、最上の第一章にめぐりあった思いです。
爽やかな涙が頬をつたいました。」

林真理子さん(作家)
「本当にピュアな映画で、特に主役の穂のかさんが素晴らしい。
一度訪れたプリンス・エドワード島の風を感じるようでした。」

松本侑子さん(作家、翻訳家)
「大人の恋愛と、初々しい10代の恋の季節が重ね合わされた『赤毛のアン』のイメージに
ぴったりの佳作です。息をのむ程の風景、美しさにも感動しました。」

村岡恵理さん(赤毛のアン記念館・村岡花子文庫主宰)
「ポジティブに生きる勇気をもらいました。
哀しみの先には、また素晴らしい世界が待っているーそう確信させてくれる映画です。」

吉村和敏さん(写真家)
「ずっと心待ちにしていたプリンス・エドワード島オールロケの映画!
島の光や風、アイランダーの暮らしの様子が丁重に描かれていました。」

上映劇場情報(12月1日現在)

東京(シネカノン有楽町一丁目 03-3283-9663)10月31日~絶賛上映中!
名古屋(名演小劇場 052-931-1701)11月21日~絶賛上映中!
沖縄・那覇(桜坂劇場 098-860-9555)11月21日~絶賛上映中!満員御礼!!!
*福岡(KBC劇場 092-751-4268)11月28日~絶賛上映中!
*新潟(シネウインド 025-243-5530)11月28日~28日監督舞台挨拶あり、絶賛上映中!
*群馬・高崎(シネマテークたかさき 027-325-1744)12月12日~初日監督舞台挨拶決定!
*京都(京都シネマ 075-353-4723)12月19日~
*大阪・高槻(高槻ロコナインプラスシネマ )12月19日~
静岡(シネ・ギャラリー )12月19日~
札幌(シアターキノ 011-231-9355)1月30日~


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映画「アンを探して」上映スケジュールが決まりました。 [絆]

2009年10月23日

待ちに待った映画「アンを探して」の京都での上映日程が決まりました!
「赤毛のアン」の読者は勿論、多くの人に是非鑑賞して欲しいと思います。



★京都シネマ
12月19日(土)~
京都市下京区烏丸通四条下る水銀屋町620
TEL075-353-4723

全国の上映日程

アンを探して」公式サイトはこちら

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再びカナダへー4 [旅]

2009年10月22日

(3)ケベックシティーからモントリオール・ローレンシャン高原へ

10月8日、朝7時にホテルを出発、ケベックシティーの
VIA鉄道のパレ駅に向かう。
朝日を浴びるパレ駅、この駅は1890年代に作られたとか。

駅の外観

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駅の構内

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7時50分発モントリオール行きに乗る。
この鉄道では、大きな荷物は、空港と同じ一個23kgまでで、
出発駅で預け、到着駅で受け取ることになっている。
だから客室には小さな手荷物だけ持ち込める。
客席は、ゆったりで、横に3席(2席+1席)なので
通路もゆったり。普通席でも日本の新幹線のグリーン車なみ。

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車窓から眺めるメープル街道の景色は見事である。

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昨日地図を見ていたら、ローレンシャン高原は、意外と遠い。
おまけに今回の旅行スケジュールには、
ローレンシャン高原への観光は組まれていなかった。
何しろ、モントリオールに列車が着くのは、午前11時過ぎで、
明日朝は午前10時発の飛行機で帰国することになっている。
ローレンシャン高原観光にはまる1日が必要だということが
わかった。
でも、ここまで来てローレンシャン高原を断念するには忍びない。
で、モントリオールに着いたらツーリストと相談しようと
決めていた。

ローレンシャン高原行きの観光バスは、朝出発なので間に合わない。
タクシーで出かけるには遠すぎる。
なにしろ、ローレンシャン高原は広くて、
目指すモン・トランブランまでは、
100km以上になるというのだ。
で、最悪片道タクシー、帰りはバスでと考えたが、
あまり乗り気のするプランではない。
ホテルに着くなり、僕らはツーリストに相談したが、
あまり良い返事は期待できそうになかった。
一応、会社と相談してみるということになった。

突然やって来た観光客が突然二人だけのローレンシャン
観光計画を求められたのだ。
それも今すぐの話である。

1時間ほどして、回答があった。
1時からなら、車と日本人ガイド兼運転手でよければという。
値段を聞くと少々高い!
妻は値段を聞いて躊躇してしまった。
でも、僕の気持ちは変わらない。
ただし、クレジット支払で良いかと聞くとOKだったので、頼んだ。

一安心して、街に出た。
メインストリートといわれるサント・カトサーヌ通りを散策。
レストランで昼食を取った。
で、ホテルに帰ってみると、入り口にリムジンが停まり、
日本人青年が立っていた。
声をかけると、予約のガイドさんだった。
慌てて、部屋に帰り、出発の支度。

妻は、「なんと豪華な」と喜んでいるのか、ぼやいているのか。
ガイドの松本さんが「8時までご案内させていただきます。」と言う。
そういえば、一体何時まででの契約かも知らなかった。
我ながらあきれた極楽トンボである。
せいぜい夕方までと思っていたのだ。

でも、日本語で話が出来、ローレンシャン高原にも詳しい人が
案内してくれるので一安心である。
タクシーなんかよりうんと良い。
観光ポイントも心得ていて、いちいち車を止めて散策し、
丁寧に案内してくれた。
天気も味方してくれ、お昼には曇り空だったのに、
ローレンシャンでは、晴れて来た。
ラッキー!!


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最終地モン・トランブラン

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おかげで、モン・トランブランではケーブルに乗り、
360度の展望をした。
太陽の光りに輝く高原を見渡すことが出来た。

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街も散策

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ガイドの松本さんとカフェでホットチョコレートを飲んだ!
これがまた、なんとも美味しい!!!

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ローレンシャン高原に夕日が差し出した頃、
夕日を浴びて、一層赤く燃える高原の紅葉を眺めて
モントリオールに帰ってきた。
モントリオール市内に帰ってきたころは、
もう夕闇が迫っていた。

松本さんのいうには、モントリオールは、町全体が島なのだという。
だから、郊外に出るには、必ず橋を通らないといけない。
365万人を抱える大都市が島なのだ。
それも海に浮かぶ島ではなく、川に浮かぶ島なのだ。
セント・ローレンス川が、いかに大きいかを、更に認識させられた。
大陸のスケールの大きさに島国育ちの僕らには、もうびっくりだ。

郊外のモン・ロワイヤル公園から、モントリオールの夜景を眺める。
綺麗な夜景である。夢を見ているような気分になった。

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夜景を展望した後は、サン・ジョゼフ礼拝堂を眺め、

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礼拝堂の向いには、ノートルダム学院(?)の夜景

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市内に入り、ノートルダム教会などを見学、

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ホテル近くのレストランで9時前にお別れした。
当初の8時から時間オーバーのガイドをしてくれた。
結果、妻が言うのは、値段が高いと思っていたけど、
間違いだったと反省。
素晴らしい時間を僕らに与えてくれたのだ。
感謝です。
中華料理店で夕食を済ませ、ホテルに帰った。

翌日の10月9日8時に空港で荷物を預けた。
帰りは、伊丹まで荷物は直行なので乗換えが気楽である。
帰りは、トロントと成田で乗り換え予定である。
ところが、トロントで、予期せぬことが起きた。

成田便が2時間遅れで出発となった。
理由は、なんかはっきりしないが、機体の都合だという。
それも一回アナウンスがあっただけ。
後のアナウンスは、出発時間とゲートの変更アナウンスのみ。
午後1時15分発が結局3時15分になった。

これじゃ、ほぼ成田乗換え便には間に合わないと思った。
成田に到着して、入国審査・税関を通りロビーに出ると
張り紙があり、伊丹行きは、すでに出発していて乗れない。
ロビーの片隅で代替の案内があった。
3択方式で、新幹線を使う。羽田から関空便に乗る。
一泊して翌日帰る。である。

僕らは、新幹線で帰る事にした。
で、旅費を受け取り、新幹線で京都まで帰った。
これの方が結果的に安く付いたのだ。
「結果よければすべて良し」で、まあ、ラッキーといえる。
おかげで、本当に良い旅が出来た。
心配していたインフルエンザにもかからなかった。
2009年10月11日は、僕らの結婚40周年記念日!
結婚40年の素晴らしい記念旅行となった。  
                       
                             (終わり)


 


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再びカナダへー3 [旅]

2009年10月16日(金)

(2)PEIからケベックシティーへ
  (その2)オルレアン島等へ

ケベックに滞在中、オルレアン島には2回出かけた。
一回目は、タクシーで、2回目は、現地旅行社にお願いして
個人企画で出かけた。

タクシーで出かけた日は、天気も良く、親切な運転手さんだった。
2回目は、雨の中の観光となった。
若い日本人の女性ガイドさんとレスラーのような強面の
背の高いたくましい運転手さんがリムジンでホテルまでお出迎え!
で、4人で出発!だけど、なんか思わずしり込みしそうになった。
見かけとは逆に優しい方ですよとガイドさんがいうので、ホッした。

まず、オルレアン島に行く前にサン・タンヌ通りを走り
本土の紅葉を鑑賞した。

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で、今度は長いなんの変哲もない鉄橋を渡ってオルレアン島に入る。
セント・ローレンス川の広さをまた、改めて実感する。

オルレアン島は、ケベック・シティーから東へ約10km。
セント・ローレンス川に浮かぶ大きな島で
縦約34km、幅約9km、周囲は約67kmもあり、デカイ!
ネイティブ・インディアンに「仙境」と呼ばれた宝石のような島で、
教会を中心としたそれぞれに雰囲気の違う6つの村がある。
白塗りの小さな教会や水車小屋、田舎風の家々が点在する。
村は、農業を主産業としていて、リンゴやスモモ、イチゴなどが
栽培されているが、メープル・シロップの産地として有名。

島に最初の入植者が上陸したのは1651年。
その約280年後、1935年に橋が架けられるまでは、
本土との連絡は渡し船か、川が凍るのを待って
歩いて渡るしかなかった。
しかし反対にその不便さが話題となり、
避暑地として英国人の家が増えている。
島に残されている家々は、当時の入植者達の故郷である
フランスのノルマンディー地方の雰囲気が濃く残っている。
黄色い石造りのこれらの家は、深い雪の中でも
見分けがつくように、様々な色に塗られているという。

鉄橋を渡り、振り返ると川向のサン・タンヌ通りの紅葉が綺麗だ。

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で、さっそくオルレアン島観光!

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教会です。
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On saleのお家!
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こちらは、売家ではありません。
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カフェでホットチョコレートを飲んだ。
これがまた、すごく美味しい!!!

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お店においてある変な人形、ハロウィンの人形?

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2回目の訪問のときに、紅葉の林に中にあるメープルシロップを
作っている工房を訪問。

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若い女性は、ガイドさん。
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メープルシロップの原料は、木からこうして採集するそうだ。

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1リットルのメープルシロップを作るのに、原料は40リットルも
必要だという。
その作業をする小屋の模型も見せてもらった。

4千本のリンゴの木を持つ工房にも案内してもらった。
親子で経営してるとかで、お店はもっぱら娘さんが一人で
対応していた。
その娘さんが綺麗だからと言うわけではないが、リンゴワイン
ジャムなどを買った。
もって帰るとなると大変だけど、日本に直送してくれるというので
安心して買えた。

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お店の前の畑では、羊が草を食べていたが、これって本物!?
しばらく眺めていたら、動いた!本物だ!
なんか絵画のような風景だ。

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民家の芝生には、黒いリスが、さかんと何かと食べていた。
ちょこまかとした動きが楽しい!

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帰路にモンモランシー滝を見物することにした。

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こんなときは、例のドライバーさんが大いに活躍?
契約時間を30分も過ぎてるのに、サービスで滝へ
有料駐車場なのに顔パス!
僕らにとっては頼もしい人に変身(笑!)

ケベックの旅もこれで終わり、明日は、モントリオールへ出発する。


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再びカナダへー2 [旅]

2009年10月15日(木)

(2)PEIからケベックシティーへ
  (その1)ケベック旧市街

プリンス・エドワード島から飛び立った飛行機は、夕日の中を
一路モントリオール空港へ。
機内放送は、英語そしてフランス語となる。
巨大な川、セントローレンスの流れが、夕日に輝いていた。
モントリオールで、ケベック行きに乗り換える。
今度は、なんとプロペラ機!
機内放送は、フランス語だけになる。
ケベックは、カナダなのに公用語はフランス語なのだ。
戦争では、イギリスに負けたけど、フランス文化を守り通して
いるらしい。

真っ暗になったケベック空港には、ツーリストの田中さんが
出迎えに来てくれていた。
彼女の案内でホテルにチェックイン。3泊の予定である。
朝の企画ツアーのためにプライベートに街をちょこっと
案内してくれることになった。
で、夜のケベックシティーに出かける。
そこで、男性が一人加わった。
なんと結婚ほやほやの田中さんのハズバンドだと紹介された。
今、大学日本語を学んでいるという。
語学教育の資格も取り、二人で日本で暮らす計画だという。
親御さんは、さぞかし喜ぶことだろうと思う。
我が娘も、そんな形でイギリスから帰ってくるとうれしいのだが・・。
彼女の実家も、なんと京都市内だという。
自分の娘にでも出合った気分になった。

翌朝、半日の市内見学ツアーに参加した。
案内役は、福西さん。
参加者は、6人、僕ら夫婦、若い女性の二人連れ、若いカップル。
勿論みんな日本人。
歩いての旧市街の見学であるが、僕は、ここに来て
ケベック旧市街全体が世界遺産だということを始めて知った。
僕らは、知らずに世界遺産に観光に来ているのだ。
出発はホテルからだった。
お城のようなホテルなのだ。その名もシャトー・フロンテナックホテル。

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出発前にまずは、ホテル前で記念撮影。

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朝日の当たりだした街を歩き、正午に解散となった。
後は、僕らだけのフリータイム。
他の人は、みんな明日から別の観光地に出かけて行く予定。
僕らは、明後日までのんびり観光。
午後は、タクシーでオルレアン島に出かけた。
翌日は雨、午前中は街を散策
午後は、ツーリストに頼んで二人だけの郊外の紅葉観光に出かけた。

サン・ルイ門
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戦場公園
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州議事堂
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サンジャン門
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ケベック市庁舎
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ノートルダム大聖堂の内部
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ロワイヤル広場
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広場の壁画
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                      (人間は妻だけ、後は絵)

朝日が射し始めた市街
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プチ・シャンプラン通り
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プチ・シャンプラン通りからシャトーフロンテナックを望む
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青いマフラーは、ガイドの福西さん
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レストランで昼食中!
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観光馬車が行く
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サン・ジャン門で記念撮影
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「撮影してもいい?」と聞いたら、笑顔でOK
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メープルシロップを買った!
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公園を行く
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プチ・シャンプラン通り
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路上の楽士(バイオリン)
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路上の楽士(ハープ)
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雨の市街
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美味しいので有名なクレープ屋さんで食事、店員さんと記念写真
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雨夜のレストランで夕食
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妻は、このレストランで昼食をした時に、隣席の客が食べていたものを食べたいと言うのだけど
男のウエイターさんに通じない。
何しろ、フランス語が公用語の地域でブロークン英語に日本語交じり、手振りで話す妻に
僕は大笑い。
ウエイターさんは、頭をかしげてしまう。
あれかこれかとメニュー片手にしばらくやり取り。
それがまた、見ててなんとも可笑しい!
結論は、どうも、それはランチメニューにしかないようだった。
それでも懲りずに妻は話しかけるので、とうとう彼は、妻の隣に座り込んで説明。
なにやら、彼も楽しんでいるようだけど、
僕にいわせれば「おいおい、座り込んでどうすんじゃい。仕事中だろう」である。
でも、親切なウエイターさんで分厚い料理のガイドブックを探して持ってきてくれた。
僕らにくれるというのだ。
「こんな重たい本なんか・・・」と妻はぶつぶつ言いながらももって帰った。
ケベックの人はみんな親切なんだ。

しかし、観光客の半分は、日本人だったよ!

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